南アフリカのワインの歴史は非常に長く、約350年以上にわたります。その歩みは、ヨーロッパからの入植、政治的・経済的な変動、そして独自の品種開発など、様々な要因に影響を受けてきました。
黎明期(17世紀)
- 1652年: オランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックがケープに補給基地を設立。インド航路の船員への食料供給のためにブドウ栽培が試みられます。
- 1655年: 最初のブドウの木が植えられます。
- 1659年2月2日: 南アフリカで初めてワインが醸造されたと記録されています。この日は「南アフリカワインの日」とされています。
- 1688年頃: フランスの宗教的迫害から逃れてきたユグノー教徒がケープ地方に入植。彼らはフランスの優れたワイン栽培・醸造技術をもたらし、南アフリカのワイン産業発展の礎を築きました。
- 1778年: コンスタンシア地方で造られたデザートワイン「コンスタンシア」がヨーロッパの貴族たちに愛され、名醸ワインとしての評価を確立します。ナポレオンも愛飲したと伝えられています。
混乱と再生(19世紀~20世紀前半)
- 19世紀前半: ナポレオン戦争の影響でフランスワインの輸入が滞ったイギリスへの輸出が一時的に増加し、南アフリカワインは盛んに輸出されるようになります。
- 1861年: イギリスとフランスの国交回復によりワインの保護関税が撤廃され、南アフリカワインの輸出は低迷します。
- 1866年: ヨーロッパで猛威を振るったブドウの害虫「フィロキセラ」が南アフリカにも到来し、多くのブドウ畑が壊滅的な被害を受けます。
- 1918年: フィロキセラ被害からの立ち直り、そして生産過剰の問題に対処するため、生産者団体である「南アフリカブドウ栽培者協同組合(KWV)」が設立されます。KWVは長らく南アフリカのワイン産業を統制し、品質向上と輸出促進に貢献しました。
- 1925年: ステレンボッシュ大学のペロード教授によって、南アフリカ独自のブドウ品種である「ピノタージュ」が開発されます(ピノ・ノワールとサンソーの交配)。
閉鎖と解放(20世紀後半~現代)
- 1948年~1994年: アパルトヘイト政策が実施され、南アフリカは国際的な経済制裁を受け、ワインの輸出も大幅に滞ります。この時期、国内向けに大量生産される低品質なワインが中心となっていました。
- 1973年: ワイン法(Wine of Origin: WO)が制定され、原産地呼称や品種などの規制が明確化されます。
- 1990年代: ネルソン・マンデラ氏の釈放とアパルトヘイト政策の撤廃により、南アフリカは国際社会に復帰。ワイン産業も大きな転換期を迎えます。多くのワイン醸造家が海外での経験を積み、帰国後、品質向上に大きく貢献しました。
- 1997年: KWVが株式会社に改組され、よりグローバルな視点でのマーケティングと販売に力を入れるようになります。
- 1998年: IPW(Integrated Production of Wine:環境に配慮したワイン生産のガイドライン)が導入されます。
- 2004年: BWI(Biodiversity & Wine Initiative:生物多様性の保護とワイン産業の発展を目的としたガイドライン)が導入され、環境に配慮したワイン造りが推進されます。
現在、南アフリカワインは、品質の高さと多様性から国際的に高い評価を得ています。特に、ケープダッチ様式の美しいワイナリーが点在する西ケープ州は、主要なワイン産地として知られています。